Exhibition
身体と物質のエスノグラフィー —加速社会における遅さと深さ
『身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ』は、情報と消費が加速し続ける現代において、「つくること」に宿るもう一つの時間感覚と身体的知覚の回復を目指す展覧会である。ここでいう「エスノグラフィー(民族誌)」とは、素材に向き合い、手を動かし、時間をかけてかたちを生み出す作家たちの実践を、文化的・社会的な記述として読み解く態度を意味する。
私たちの生活は、即時性や効率が重視される環境にあり、「すぐにわかるもの」「すぐに使えるもの」が価値とされる一方で、感覚や記憶の奥行きを育む「遅さ」や「沈黙」が見失われつつある。本展に参加する作家たちは、火や水、土、繊維、漆、ガラスといった異なる素材と身体を媒介に、そうした加速社会の外縁で営まれる「感覚のフィールドワーク」を提示する。
磁器の偶発性を刻む桑田卓郎、土と重力の間に呼吸を刻む川井雄仁、都市とサブカルを身体的に編み直すコムロタカヒロ。絵付けや刺繍、繊維や漆といった手作業を通じて、記憶と感情の層を編む牟田陽日、沖潤子、綿結、中田真裕。そしてガラスという透明な物質に、時間のプロセスを封じ込める三嶋りつ惠や消費の記憶を刻むシゲ・フジシロ。さらに舘鼻則孝は、伝統的装飾文化と都市的感覚を往還しながら、身体と装いにまつわる時間と儀礼の層を再構成している。
彼らの作品は、「すぐに意味がわかるもの」ではなく、時間をかけて向き合い、触覚的に関係を築くことを鑑賞者に促す。本展は、こうした制作と鑑賞のプロセスそのものを、加速社会に対する静かな抵抗の形式としてとらえる。それは、感覚の再構築であり、世界との再接続の試みである。身体と物質の交差点で編まれるこの小さな民族誌は、忘れられた感受性の地層を掘り起こし、現代における「つくること」の新たな意味を浮かび上がらせるだろう。
Conceptual Note
I. フィールドとしての「つくること」
本展は、現代社会の速度と情報過多に対し、身体と物質のあいだで営まれる「つくること」を民族誌的(エスノグラフィック)な視点から観察・記述する試みである。ここでいうエスノグラフィーとは、フィールドワークの手法に倣い、作家の手の動き、素材の変化、制作環境、そして鑑賞者の感覚までを含めた全体を「文化的出来事」として読み解く態度を示す。火が粘土を焼く時間、漆が乾く湿度、ガラスが冷える速度—それぞれの素材固有のリズムに身を委ねる行為自体が、加速する社会の外縁で生成されるもうひとつの時間=遅さのフィールドノートとなる。
II.作家たちの「身体‐物質ノート」
| 作家 | エスノグラフィックな焦点 | 立ち現れる「遅さ」・「深さ」 |
|---|---|---|
| 桑田卓郎 | 磁器と釉薬の偶発的反応を観察する「窯場の儀式」 | 生成プロセス自体が未完のまま展示空間へ移動し、鑑賞者に“継続中の時間”を共有させる |
| 川井雄仁 | 粘土と重力の相互作用を反復し、身体の痕跡を刻む | 土が乾き、ひびが入るまでのゆるやかな変化を展示期間全体にわたって可視化 |
| コムロタカヒロ | サブカルフィギュア的身体と彫刻的造形を交差 | 都市文化の即時性を、手仕事のリズムに“減速”させて記憶化 |
| 牟田陽日 | 器の表面を旅する絵付けの筆致の軌跡 | 絵付けが乾く間の静寂を含めて鑑賞経験に取り込む |
| 中田真裕 | 漆の塗り・研ぎ・乾きという層状の時間 | 繊細な行為と見えない感情、記憶が漆面に沈殿し、鑑賞者が「読む」まで熟成される |
| 三嶋りつ惠 | ガラスの吹き上げから冷却までを透視する装置 | 透明な内部に時間の層を堆積させ、見る行為に遅延を生む |
| 綿 結 | 織布を立体化する結節点での身体動作 | 糸の張力と空間の緊張が“留められた瞬間”として凝固 |
| 沖 潤子 | 反復刺繍の無限ループ | 針目の増殖過程を“未完の民族誌”として提示 |
| シゲ・フジシロ | 廃棄物パッケージのガラス化による再儀礼化 | 消費行為の痕跡を手作業で封じ込め、視線を遅らせる |
| 舘鼻則孝 | 装身具制作と祝祭的身体の相互生成 | 都市のスピードを装飾に蓄積し、複数の時間層を重ねる |
| 作家 | 桑田 卓郎 | 川井 雄仁 | コムロ タカヒロ | 牟田 陽日 | 中田 真裕 | 三嶋 りつ惠 | 綿 結 | 沖 潤子 | シゲ・フジシロ | 舘鼻 則孝 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| エスノグラフィックな焦点 | 磁器と釉薬の偶発的反応を観察する「窯場の儀式」 | 粘土と重力の相互作用を反復し、身体の痕跡を刻む | サブカルフィギュア的身体と彫刻的造形を交差 | 器の表面を旅する絵付けの筆致の軌跡 | 漆の塗り・研ぎ・乾きという層状の時間 | ガラスの吹き上げから冷却までを透視する装置 | 織布を立体化する結節点での身体動作 | 反復刺繍の無限ループ | 廃棄物パッケージのガラス化による再儀礼化 | 装身具制作と祝祭的身体の相互生成 |
| 立ち現れる「遅さ」・「深さ」 | 生成プロセス自体が未完のまま展示空間へ移動し、鑑賞者に“継続中の時間”を共有させる | 土が乾き、ひびが入るまでのゆるやかな変化を展示期間全体にわたって可視化 | 都市文化の即時性を、手仕事のリズムに“減速”させて記憶化 | 絵付けが乾く間の静寂を含めて鑑賞経験に取り込む | 繊細な行為と見えない感情、記憶が漆面に沈殿し、鑑賞者が「読む」まで熟成される | 透明な内部に時間の層を堆積させ、見る行為に遅延を生む | 糸の張力と空間の緊張が“留められた瞬間”として凝固 | 針目の増殖過程を“未完の民族誌”として提示 | 消費行為の痕跡を手作業で封じ込め、視線を遅らせる | 都市のスピードを装飾に蓄積し、複数の時間層を重ねる |
III.「遅さ」を記述する倫理
作家たちが紡ぐ行為は、素材の物理時間と作家の身体時間とを重ね合わせる「重層時計」のように機能する。鑑賞者は作品に近づき、離れ、光の角度や温度変化を感じ取るうちに、自身の感覚器官が計時装置へと転位する。このプロセスを民族誌的に捉えることで、本展は単なる造形美の提示から一歩進み、「遅さ」がもつ批評的・倫理的意義を浮かび上がらせる。
IV.再帰的エスノグラフィーとしての展示
展示空間は、作家=観察者、作品=フィールドノート、鑑賞者=共同調査者が循環する再帰的(reflexive)民族誌の場となる。ここで蓄積されるのは、制作と鑑賞を往復する身体感覚のデータベースであり、それ自体が「加速社会を記述するもうひとつの方法論」となるだろう。
V.結び—加速の時代におけるフィールドワーク
『身体と物質のエスノグラフィー』は、制作という行為を通じて回復される「遅さと深さ」の経験を、文化人類学的なまなざしで読み解く展覧会である。ここで提示されるフィールドノートは、加速社会の周縁で鼓動する微細なリズムを可視化し、私たちの感覚と社会との関係を再配線する契機となるだろう。
artists
- シゲ・フジシロ
- 川井雄仁
- コムロタカヒロ
- 桑田卓郎
- 三嶋りつ惠
- 牟田陽日
- 中田真裕
- 沖 潤子
- 舘鼻則孝
- 綿 結
curator 秋元雄史
GO FOR KOGEI
アーティスティックディレクター
東京藝術大学名誉教授、金沢21世紀美術館特任館長、国立台南芸術大学栄誉教授、美術評論家。1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部卒業。1991年から直島のアートプロジェクトに携わる。
ベネッセアートサイト直島・アーティスティックディレクター兼地中美術館館長(2004–2006年)をはじめ金沢21世紀美術館館長(2007–2017年)、東京藝術大学大学美術館館長・教授(2015–2021年)、練馬区立美術館館長(2017–2023年)を歴任し、GO FOR KOGEIのアーティスティックディレクターを務める。
主なプロジェクト・展覧会に、「スタンダード」「直島スタンダード2」(直島)、「第1–3回 金沢・世界工芸トリエンナーレ」(金沢、草屯・台湾)、「工芸未来派」(金沢、ニューヨーク・アメリカ)、「ジャポニズム2018」の公式企画として「井上有一 1916–1985 —書の解放—」(パリ、アルビ・フランス)、「あるがままのアート-人知れず表現し続ける者たち-」(東京)など。著書に『アート思考』(2019年、プレジデント社)など。
Organization
- 主催
- 認定NPO法人趣都金澤
- 助成
- クリエイター支援基金
- 協賛
-
AAA, BBB,CCC,DDD,EEE and FFF
- キュレーター
- 秋元雄史
- 主催者代表
- 浦 淳
- 展覧会ディレクター
- 薄井 寛
- コ・キュレーター
- 高山健太郎、髙井康充
- プロジェクトマネジメント
- Noetica
- 会場設計
- WHY Architecture
- ローカルコーディネーション
- VeniceArtFactory
- 設営
- Green Spin
- グラフィックデザイン
- bruno
- ウェブサイト
- nicottoLab
- 広報
-
Noetica、Relay Relay
FITZ & CO - 写真
- 池田紀幸
- 動画
- 大谷内真郷
- 翻訳
- Fraze Craze
ハンドアウト
Under Construction
作品リスト
Under Construction
カタログ
Under Construction
Information
身体と物質のエスノグラフィー ―加速社会における遅さと深さ
- 会期
- 2026年5月9日(土)‒ 11月22日(日)
- 休場日
- 火曜
- Opening Hours
-
11:00-19:00(5月9日‒9月30日)
10:00-18:00(10月1日‒11月22日) - 会場
- パラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナ
- お問合せ
- info@goforkogei.com
Press
Press Release
プレス問合せ先
GO FOR KOGEI 事務局
(株式会社ノエチカ内)
About
Go for Kogei
認定NPO法人趣都金澤は、金沢の強みである「文化」を機軸とした市民主導のまちづくりを行うNPO法人です。様々な文化事業を実施するとともに、提言の発信や国内外の文化経済都市の研究等を通じ、金沢とその周辺地域のまちづくりの推進、人材育成や地域経済の活性化に寄与することを目的としています。趣都金澤が主催する主たるアートプロジェクトが、2020年に開始したGO FOR KOGEIです。ものづくりが古くから受け継がれる北陸から、新たな工芸の見方を発信する目的で、地域の歴史・風土を体現する町並みや社寺を会場にした展覧会やイベントのほか、工芸を巡る今日的な課題と可能性について議論を深めるシンポジウムなどを開催してきました。